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調和の精神
2007-07-18 水
異性のグッとくる仕草というか、魅力的に感じる行動

それは、すべて“ギャップ”から生まれる
相反するもの、対になるもの…
光と闇、陰と陽、シュワルツェネガーとスタローン

それが、みごとに調和された状態に“グッ”とくるのである

私が、個人的に一番に女性のグッとくる行動を紹介しよう
「お前の好みの話なんてどうでもいいよ」という意見は徹頭徹尾、無視する

最初に言っておくが、私は極度のサディストである
故に、女性の“泣いている仕草”というのに、それだけで魅力を感じてしまうところがある
感動の涙や、ホロリと涙をこぼすような状態ではなく、悲しみに暮れての涙や、嗚咽が込み上げるような類のものが好物だ
しかし、それは大人の女性に限る
小さい子供はワンワン泣くのは当たり前だし、それを敢えて、心も体も成熟した大人の女性がやることに意味がある
これがまず一つのギャップだろう

さらに私ぐらいの“ギャップ嗜好者”の域までくると、ここからさらなるギャップを求めていく

まず、私が好みとする内の「泣く」という行為は、その心の状態は悲しみに満ち溢れている
気持ちも前向きではなく、ネガティブな行動といっていいだろう
この、ネガティブのギャップ、「ポジティブ」をここからさらに求めていくとしよう
ポジティブな行動、これは生きる上において前向きな行動と私は捉える
その中で最も“生きることへの根源”ともなる前向きな行動とは

『ゴハンを食べること』

である
人間の根源的欲求の一つ「食欲」に伴った行動で、「食べる」という行動は本能的に“生への執着”を示すものだろう

最初に挙げた、「大人と子供」のギャップに、さらに「ポジティブとネガティブ」のギャップを合わせるとこうなる




部屋で一人の女が悲しみに明け暮れている
年齢は二十代後半
八年間付き合っていて、これから先も永遠に一緒にいることを夢見た大好きな彼に、突然別れを告げられたのだ

女は、その日から仕事を休み続けている
精神的に参ってしまっていて、とても仕事どころではなかった
毎夜毎晩、彼のことを思い出しては、涙を流していた

そこへ、その様子を心配した親友が訪ねてくる

「ちょっとあんた、だいじょうぶ?」
「…うん」
「って全然大丈夫じゃないじゃん、ちゃんとゴハンとか食べてるの?」
「…」
「まあ、気持ちは分かるけどさ、少しは元気だしてよ」
「…あたしだってね、そう思ってるんだよ、元気ださなきゃって、でもね、あたし、あの人と一緒にいられないんじゃ生きてる意味なんて無いよ、大好きだったのに、なんで…なんで…ふぇ…グスッ」
「泣かないで…きっとそれは、それまでの人だったんだよ、もし運命というのがあるのなら、運命の相手じゃなかったんだよ、だからこの先もっと好きな人ができるよ、そのためにはまず元気にならなくちゃ」
「…ヒック…うん…グスッ」
「あ、そうだ、これ来る途中に買ってきたんだ、あんたの好きなプリン、冷蔵庫入れとくから、あとで食べなね、え?何?今食べたいの?わかった、ホラ」
「うぅ…ヒック…グスッ…んぐっ…おいしい…グスッ」





う~ん、たまりませんなぁ~
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